マイナンバーください
市役所のロビーに「マイナンバー受付」なる仮設のコーナーが出来ていました。
別の要件でそのロビーの長椅子に座っていると、続々とマイナンバーの申請にやって来ます。多くは老人で、戸惑いつつ窓口を探すので、市役所の女性職員が二人甲斐甲斐しく対応しています。
独りの老人男性が杖を突いて訪れました。応対する職員に、自分が独り暮らしで、子供は東京にいること、知人の車で送ってもらってここまで来たこと、今日はこの後に老人会の集まりがあるなど取り留めもなく話し出しました。
職員は気長にそれを聞いているから大したものだだ感心しました。
やがて、職員に促されて本題に入ると、職員は「マイナンバー引換のはがきをお持ちですか」と聞く。
老人は、はがきを肩掛けのカバンからと取り出して渡して、そのとき一緒に小さなメモを渡したのが見えました。
老人は「私のナンバーはこの番号にしてください」と言う。
職員はそのメモを広げて見ながら、苦笑して言いました。「ナンバーは既に国から振り当てられていて、希望のナンバーはもらえません」と言う事をやさしく話しました。
さあ、これからが押し問答でした。
老人は「今まで、どこでも、なんでも、この番号を自分の番号だと決めて使って来た。今更、先がないのに新しい番号は覚えられない」職員は「覚えなくていいんですよ、これはカードで持っていればいいんですよ」などと言い含めるが、老人は耳が遠いこともあるらしいのですが、譲りません。
老人は頑なに自分の番号を主張しています。
やがて、男性の職員が出てきて、女性職員と二人で介添えしながらカウンターの奥に連れて行かれました。
私は「ガンバレ老人」と心で言いました。どうにもならないことに横車を押す権利が老人にはあるとも思いました。老人の渡したメモの番号が、亡き妻との結婚記念日だったような気がしたからです。
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マサイ族とスマートフォン
リカオンという動物がアフリカにいる。絶滅が危惧されている種らしく、日本の四国ほどの大きさの国立公園に200頭ほどしか生息していないそうだ。
そのリカオンの保護のために働く、公園の保護管理者や動物研究者のドキュメントをテレビで観ました。
公園の動物保護官はリカオン保護のため先ず、リカオンがどこにいるのかを知らなければならない。しかし広大な公園で200頭しかいないリカオンがどこにいるのかを知るのは困難です。
そこで、その土地で生活しているマサイ族に、リカオンに出会ったらすぐに教えてほしいと頼んだそうだ。
マサイ族はケニア南部からタンザニアに住み、牛や羊を放牧して暮らす部族です。派手な色の一枚布を巻きつけて、手には牛追いの棒を持ったスタイルが有名です。
彼らは日がな一日サバンナを歩き回り、牧畜を追いかけます。そこで、希少なリカオンにめぐり合う確立も高いのです。
テレビでは、マサイ族がまさに今、リカオンと遭遇した時、保護官に報告する場面を写しました。
赤い布を巻いて手に長い棒を持ってすっくと立ってる長身の男が、懐から取り出したのは、何と、お馴染みのスマートフォンでした。
エッ、マサイ族がスマートフォン?とビックリしました。保護官が貸し与えた物か、自分の物でいつも使っている物なのか。
保護官はマサイ族のスマートフォンでの情報を受けて現場に急行し、目的のリカオンの群れを見つけられた。テレビの中で、マサイ族の青年は役目が果たせたせいか得意満面でした。
さて、あのサバンナ、アフリカの草原でスマートフォンは使えるのでしょうか。
少し調べてみたらこれもびっくり。アフリカでも都市部はもちろん、マサイ族などの少数民族が住む土地でも、アンテナ塔が整備されたり、衛生が補足したりして、ほとんどのエリアでスマートフォン(携帯電話)が使えるそうです。
マサイ族を見くびってはいけないと反省しました。
もっとも、いまだに日本には刀を差した侍や、芸者が往来を行き来していると思われているらしい。イメージと言うのは恐ろしく現実とは違うものです。
今のマサイ族の多くは、街に住み、朝、ジーパンとTシャツで、ワーゲンに乗って出勤して来ます。それから民族衣装を着て、牛追いに出掛けたり、住んでもいない藁と牛糞の家の前で踊ったり、写真をいっしょに撮ったりして、観光客を楽しませている様です。
行ったことのないアフリカですが、行けばきっとこうなるのでしょう。マサイ族のお父さんが夕食のときに子供たちに「今日はこんな背の低い眼鏡をかけたアジア人が来たぞ」とスマートフォンの中の私の写真を見せるのです。
リカオンを見つけたときのように。