袖ケ浦在住の経営者が毎月発行している、社会の隙間にピリリとした味わい深いコラムが毎号楽しみな「毎月新聞」。Apps Journalでは、定期的に全文掲載させていただきます!(管理人より)
ふぉーゆー
定年を迎えた吉田さん。地味な性格だが堅実に勤め上げた40年だった。今日が最後の出勤の日、ささやかだが送別会を課内でしてくれることになった。会場は会社の近くの居酒屋。吉田さんは下戸で元来お酒の席は苦手だったが、皆の気持ちがうれしかった。
送別会が始まり、吉田さんが小さい声であいさつすると、後はいつもの同僚の大宴会である。吉田さんとは全く関係ない話で盛り上がり、さっさと二次会へ繰り出して行った。吉田さんは一人残され、渡し忘れた花束をそっと拾って一人で靴を履いた。
家に着いた吉田さんは食卓にショートケーキが二つ置いてあるのを見た。それから奥さんに花束を渡しました。
PRラジオ体操第一
自治会でラジオ体操を始めた。高齢者の多い我が自治体には期待の健康推進事業である。毎朝20人ほど、土日は40人ほど集まってくる。自治会長である私は当然体操の輪の中心になって見本となるべく張り切って行う。
次は軽く足を開いて、「体を斜め下に曲げ、胸を反らす運動」伴奏に合わせて、美しく見せてやろうと張り切って右足に向けて思い切り腰を曲げたとき、突っ張った右足のうらが「ビリッ」とした。やがて大変な痛みがやってきて歩くのもままならない。医者は肉離れだと言う。
翌日から体操には参加するが、輪の外側の目立たないところで、上半身だけのお義理ラジオ体操をやることになった。
しかし誰にも告白していない。「ラジオ体操で肉離れした」などとは。
返すはなし
子供たちは、友達からのメールをすぐに返さないと、不仲になるらしい。だからメールのキャッチボールをなかなか辞められない。それはかなりのストレスだろうと思う。
私たちだって、お祝いやお見舞いをいただければ、返礼の用意をする。それが終わらないと一件落着しない。ご近所のお裾分けなどもそうだ。いつもいつもいただく側にいる訳にはいかない。時には何か珍しいものが手に入った時などは忘れずにお届けする。
挨拶をされれば挨拶を返す。呼ばれれば返事をする。とかく浮世はやったり返したりで成り立っているらしい。これの扱いを誤ると、とんだ錯誤に落ちる。
自分の部下が、ある朝自分に「おはようございます」の挨拶がなかったと大憤怒している初老を見たことがある。何とも人生の後半に寂しい限りである。ある知人に手土産を渡したところ、直ぐにお返しの物を届けてよこした。2〜3度同じことがあって、以来交際がない。
投げかけとお返しのタイミングの妙が人生を彩っているのかもしれない。
女房に呼びかけると、いい加減忘れたころに「何か言った?」と言う。随分間延びしたタイミングになったもんだ。
天声珍語
横溝正史の「金田一耕助」は映画の中でよく頭を掻いている。難問にぶち当たったとき、ざんばら髪を掻きむしるシーンがよく出てくる。昔の人は毎日お風呂に入れたわけではない。ましてシャンプーなどなかっただろうから頭が痒くなり、それを掻くしぐさはよくあったのだろう。
今日日、人前で頭を掻きむしる人はあまり見ない。時おり手帳を広げてなにか考え事をしている女性が、ボールペンのうらで、うなじのあたりなど掻いている姿を見かけるが、これはこれでおしゃれに見える。金田一の痒いとは別物である。
馴染みの床屋では、シャンプーのとき「痒いところありますか」と聞かれる。決まって「ありません」と言うので、ほとんど通過儀礼的な会話である。
「痒いと言う人いるの?」と聞くと「ほとんどいませんね」と言う。「じゃぁ、どうして聞くの?」と言うと、「決まりですから」と言う。
研修中の理容師はシャンプーのとき「痒いところありますか」と聞くよう義務付けられているらしい。むかしシャンプーが贅沢なころ、痒いところを聞いて、満足いくまで洗ってやろうという思いからであろうか。
頭は痒くないが、時々掻きむしりたくなる世の中である。「痒いところありませんか」と世辞でもいいから聞いてもらいたいものである政治家諸兄には。
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